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宇多田ヒカル「Fantôme」

音楽関連

4/5

Fantôme

宇多田ヒカルがアルバムをリリースする」この一報だけで2016という1年の盤面がどれだけ持っていかれたか。他の人はどうか知らないけど個人的にはだーーーいぶメンタルが持ってかれて。「これ聴いても結局宇多田ヒカルが年間1位でタイトル総ナメするんでしょ?」っていう。

アルバムが楽しみすぎたせいで他のをあまり聴かなくなりましたと言うのは言い訳が過ぎるか。

 

 

新しいアルバムがリリースされるこの機会に改めて宇多田ヒカルを聴いた人、多いと思う。自分もその1人で、むしろ今までほとんど聴いたことがなかった。

自分の中の「宇多田ヒカルのイメージ」って、

・日清のカップ麺のCM

 

 

・朝のTV番組で一瞬だけ見た「traveling」MVのサビの部分(1:34~)

 

ほんとこれぐらいしかなくて。

朝はラジオな家だったから「朝のTV番組のイメージ」ってほとんどゼロで。それこそハリーポッター宇多田ヒカルか、しかない。

 

で、この機会に改めてYoutubeで聴いてみて「この曲も宇多田ヒカルだったのか」というのと「やっぱすげえわ」っていう感想。

使い回された感想になってしまうけど、ちゃんとその時代に順応する凄さがあると思う。勿論10年以上前からこの曲を聴いてる人からすれば「懐かしい」「当時を思い出します!」という感想がでてくるんだろうけど、今初めて聴いた人からすれば「これ本当に10年以上前の曲か?」ってなる。昭和歌謡曲はあの懐かしさと古臭さが良いけど、宇多田ヒカルの曲はちゃんとその時その時の時代にちゃんと付いてきて、古臭さとかがないからすごい。

こんな十代がでてくる辺り全盛期の象徴と言えるし、音楽業界の未来は明るいと誰もが思っていたんだろうなあ。

 

 

文字数稼ぎはこの辺で終わりにして、アルバムの感想。

 

亡き母へ捧げるアルバムとして作られた「幻」の今までの作品との違いは、本人がインタビュー等で話しているように声でありこれはアルバムを聴くとハッキリ分かる。休止前は苦しそうとも捉えられる声が、打って変わって包み込むような温もりのある声に。曲調はふわふわした幻のような曲が目立ち、音数も少なく曲としての面白みに欠けるから従来のファンが聴くと少し物足りなく感じるのかなと思った。

亡き母へ歌われているのが恨み節でなく「ありがとう」や「素晴らしい」「会いたい」という前向きな言葉なのがすごく良い。宇多田ヒカル本人も人間活動を経て「母」という存在の大きさや影響を感じたのかもしれない。そんな経験から発せられる大切なひとに向けての「ありがとう」という言葉は誰もに当てはまるものではないだろうか。

 

アルバムはちょっと期待し過ぎたかなって感じだけど、2016年を代表するアルバムになることは間違いない。

何より宇多田ヒカルのこれからが楽しみで仕方がない。